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勉強は紙と鉛筆

【読解力低下】
OECD学力調査で15歳の日本人の読解力が15位にまで後退したとのニュースがありました。
ここで???と思ったのは、読解力の後退の理由を「ICT教育の不足」としている論調が多かったことです。
この学力調査はパソコンを使って問題を解くというものでした。
識者によると、日本ではICT教育が遅れていて生徒はパソコンで情報を処理することに慣れていないのだとのことでした。

私はそんなことはないと思います。
私は、生徒たちは「デジタルの読解」にどっぷりと浸かっているがゆえに、「精読技術」が低下してしまっているのが今回の調査の結果の原因であると思っています。

【デジタルの読解】
「紙面の読解」では、下線を引いたり、カッコで括ったり、記号を書いたり、余白に書き込みをしたりします。
この「書き込み」が「精読」を可能にします。
しかしながら、「デジタルの読解」では「書き込み」ができません。
つまり、「デジタルの読解」では「精読」が難しい。
実際に「デジタルの読解」では、「分からない箇所は飛ばして読む」となりがちだそうです。
さらに、私たちは「デジタルの読解」では長い文章を読むことには慣れていません。LINEやTwitter全盛の時代ですが、これらは「短文」の文化であり(インスタグラムなんて短文すら不要です)、私たちはデジタルで長文を読む習慣がありません。
いきおい、「デジタルの読解」では長い文章は「読み流してしまいがち」になってしまいます。
「読み流す」とは「分からない箇所は飛ばして読む」ということでもあります。

まとめると、「デジタルの読解」とは「精読」せずに「分からない箇所は飛ばして読む」ということになりがちだ、ということになるでしょう。

【紙面の読解】
「紙面の読解」では、下線を引いたり、カッコで括ったり、記号を書いたり、余白に書き込みをしたりすることができます。
こういった作業から私たちは「分からない箇所」に気づきます。
さらに、こういった作業から、「分からない箇所」を同意表現や対比や具体例から考えるようになります。
(ちなみに、具体例は本文から拝借するだけでなく、日常の生活から引っ張ってくることもよくあります)

まとめると、「紙面の読解」では「精読の技術」が身につきやすい、ということになるでしょう。

この視点で行くと、iPadに教科書を入れて読むだとか、iPadでノートを取るなんてもってのほかだと思います。
iPadのプロセスを学ぶことは重要だと思いますが、勉強はあくまでも「紙と鉛筆」で行うべきです。

「分かる」と「批判精神」

テストでは点数が取れないのに「授業は分かる」という生徒がいます。
「話を聞いて無批判に受け入れる」を「分かる」という言葉で表現しているのでしょう。

私は「分かる」の背景には「批判精神」が必要であると思っています。
「批判精神」があれば「理由」や「他の知識との整合性」を求めます。
そして、理由が分かったり他の知識との整合性が見えれば納得するものです。「分かる」とはこういったことを指すのだと思います。

物分かりのいい生徒が勉強ができるわけではない理由はこういったところにもあるのでしょう。