勉強法は一つ

勉強のやり方は人それぞれ、というようなことを耳にします。
登山に喩えて、「ゴールは同じだがルートは複数ある」というような話も耳にします。
しかし、わたしはこの考え方に懐疑的です。
学力を伸ばすには理想のやり方があると思っています。

教室では学力を伸ばす理想のやり方を語ります。
もちろん、すべての生徒がこのやり方を取り入れるわけではありません。
都合の悪いことに、「教師の指示通りにはやらない生徒」のほうが「教師の指示通りに取り組んでいる生徒」よりも高得点を取ることもしばしばです。
これについては以下のように考えます。

運動部では「毎日練習に来る生徒」ではなく「さぼっている生徒」のほうがうまいこともしばしばあります。
だからと言って「練習は意味がない」とはなりません。
「うまくなる速度の差」は「練習への取り組み方」の違いではなく、「能力差(センスや素質や生育環境)」から生じるのだと思います。

学習も同じだと思います。
学力を伸ばすには理想のやり方があると思います。
教師の指示通りに取り組んでいるのに、教師の指示通りには取り組んでいない生徒に負けてしまうこともある。
しかし、これは「能力差」から生じるものであり、「理想の勉強法」を否定するものではないと思っています。