しばしば、「結果の平等を求めるのはおかしい」といった声を耳にします。
この声にセットで「でも、機会は公平でなければいけない」が付いてきます。
「機会は公平たるべし、でもその後の努力で結果は不平等やむなし」という意味なのでしょう。
しかし、私は「機会は不公平」だと思います。
例えば、「優れた先生に当たった」、「留学させてもらった」、「習った or 習っていない」などなど。
「機会は不公平」を前提にしなければいけないと思います。
例えば「習っていない」を言い訳にしてはいけないと思います。
高校受験とは違って、大学受験では「習っていなくても」出題されます。
でも、自分のライバルは「習っている」かもしれない。
機会不公平への対策は以下に尽きると思います。
「言われたことしかやらない」といった姿勢を捨てる。
「決められたことしかやらない」といった姿勢を捨てる。
「言われたことしかやらない」や「決められたことしかやらない」では、いつまでたっても「習っていない箇所」が出てきてしまいます。
「言われなくてもやる姿勢」が「習っていない個所」を減らしていくのです。
大学入試は教科書以外からも出題されますし、自分は習っていなくてもライバルは習っているかもしれない。